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  人を育てる・活かすシリーズ:新規&中途採用と育成

Vol−5. 能力って脳力?
◆学力=仕事の能力ではない?
光陰矢の如しと申しますか、月日の経つのは早いもので、この連載をスタートして早5回目。あっと言う間に最終回となってしまいました。前回は人にはそれぞれ成長欲求があり、人財育成はそれをサポートする仕組みやツールでなければならん・・・といった類のことを書きましたが、じゃ、何をどのくらい伸ばせばいいのか?といった疑問が生じます。

「コンピテンシー(行動特性)」という言葉がありまして、最近(といってもここ10年くらいでしょうか?)さかんに企業の人財育成の指標として便利に使われるようになってきています。もともとはアメリカの外交官試験で、優秀な成績で任官試験をパスしたのと、やっとパスしたようなできの悪いのが、いざ外交官になって海外に赴任してみるとその評価はまったく逆転してしまい、その理由を突き止めようとしたところから研究が始まったと言われています。つまりどんなにペーパーテストができても実務にはつながらないといった、まあ今では当たり前の常識が当時はさっぱり理由がわからず、何人もの研究者がよってたかって追跡調査をしたという記録が残っています。

この事例では外国語がペラペラで優秀な人が海外でちっともコミュニケーションが取れず、現地の人とトラブルばかり起こしている事例と、まったく言葉が通じないのに不思議と環境に解けこんでしまう人との比較でした。コミュニケーションの本質は言葉ではなかったんですね。

ペーパーテストや口頭試問などの学力テストを頭から否定する気は毛頭ないのですが、それが実務にまったく役に立たないとなるとしゃくに障ります。要は、それを実際の仕事に活かすことのできるエネルギー、車に例えればエンジンを持っているかどうかということですね。よく能力の三要素などと言って、「マインド」「スキル」「知識」を挙げますが、これを単に頭で理解しているだけなのか、それを実際に使えているかどうかといった指標が必要ですが、コンピテンシーの概念はさらに「成果を出す」ことにそのゴールを置いています。つまりどんなに優れている人も、宝の持ち腐れでは評価はされません。


◆人財の採用はまぐれなのか?
じゃあ採用の段階でそのコンピテンシーが備わっているかどうかがわかれば万事めでたし。となるわけですが、事はそう単純ではありません。「成果を出す」と言ってもそこにいたるプロセスは千差万別で、一定の法則はありません。よく公開セミナーなんかで「成功の方程式はこれだ!」的なタイトルが目に付きますが、そんなものがあれば誰も苦労はしません。学力は試験でいくらでも調べることはできますし、発揮のエネルギーも質問の方法を、手を変え品を替えていけばある程度はわかります。しかし、果たして彼が成果を出してくれるかというと、これはまったく保証の限りではなくあくまでも、「ここまでできるのだから多分やってくれるだろう」の域を出ることはありません。

まあ人を採るということは一種の博打みたいなものですね。ですから、経営者や人事担当者は採用した人が成果を上げられなかったといって採用に失敗したと嘆いてはいけません。所詮博打なのですから。
しかし、だからといって一人100万円もかかる採用経費を湯水のように使いながら博打を打ち続けているような恵まれた会社はバブルの頃はいざ知らず、今の時代にあろうはずはありません。

昨今の企業業績の回復傾向が新聞等でも報じられ、また2007年問題ともからんで各企業における人財の確保はまさに何十年も前から言われ続けてきている「企業は人なり」が名実ともに真実となって重くのしかかってくる時代を迎えています。バブル全盛期は転職情報誌が飛ぶように売れ、今日は何人のヘッドハンターからコンタクトがあったなどという会話が日常化するほど人が企業を捨て、また企業も代わりはいくらでもいるとばかりに人をどんどん採用した時代では、今はもうありません。前回のコラムでも書きましたが、人が企業を捨てる傾向は若い人の間で益々進みますが、企業はもう人を捨てられません。パイがないのです。

そこでコンピテンシーです。なんとかヤクザな博打打ちから、近代的な企業への脱皮をはかろうと「成果を出すことのできる能力とは何か?」をロジックで積み上げていき、そこに「成功の方程式」を作り上げます。一番簡単な方法は社内で実際に成果を出している人を徹底的に調べあげることです。その人の生まれた時の生い立ちから始まり、どんな幼児体験があったか、思春期はどんな経験をしたか、学生生活はどうだったかという、あまり仕事とは関係のないところまで遡り、またある事例を引き合いに出して、それについてどう思うかといった思想面や価値観も浮き彫りにし、もちろん実際の仕事面でのノウハウ、それこそ一日の始まりから終わりまでの時間の使い方などまで微に入り細に入り聞きまくります。

アンケート調査でもいいんですが、言葉から発せられる微妙なニュアンスの奥に真実が隠されてますので、そこはインタビュアーの腕のみせどころです。この調査を「成果を出している群」と「成果を出していない群」に分け、それぞれの母集団(全体の1割くらいでしょうか)、の調査結果からある一定の傾向値をはじき出すんですが、これが簡単な方法とは言え、エライ大変な作業で、それこそ言葉一つひとつが重要なキーメッセージになり、それを一個のデータとして積み上げていきますので、時間も労力も相当かかります。


以前勤務していた会社で全国1300名のセールスマンのコンピテンシー調査をやったことがありますが、結局1割の母集団の数が確保できず、また「成果を出していない群」は、ほとんどできなかった(売れてない人にインタビューするのはお互いなかなか辛いものがあります)ので、どこまで信憑性が高いかははなはだ疑問の残る結果となってしまいました。

さて、そこまで苦労して作り上げたコンピテンシーも言葉にすれば単純なことになり、「熱意のある人」とか「専門知識を備えている」とか、なんだそんなこといちいち調べなくたってあたりまえじゃないかと思われるような中身に整理されてしまいます。


◆人財に成るかはセルフモチベーションの高さにある
実は、そうなんです。ことはそんなに複雑ではなく、成果を出している人は特に普通の人と違っていたり、特殊な技能を持っていたり、変人だったりするわけではなく、ごく当たり前のことを普通にやっているだけにすぎない事が多いのです(時々そんな中から天才が出現したりしますが)。
それじゃ何が違うかと言うと、おそらくそれは「モチベーション」だと思います。日本語では「動機付けと」言われます。

組織にいると誰でもモチベートされることを望んでいますが、このモチベートされたがっている人に熱いメッセージを投げかけると、待ってましたとばかりに返ってきます。それをもってこいつはやる気がある、と判断するのは短絡的です。そのような人は、他から鼓舞されないと動かないタイプです。採用面接などでも熱弁を奮う人、イコールやる気がある、イコール仕事ができそうという図式に陥りがちですが、それはあまりにも危ない大博打です。

仮にそういった人が入社してしまった場合、常に誰かが鼓舞していないと動かない組織ができあがってしまいます。会社や組織が集団としてのまとまりを要求された護送船団時代は、それでも人はついてきたし、企業に余裕もありました。ところがこれからは企業内の各組織が自ら動き、成果を出すことが求められてきていますので、今までに無い新たな能力が求められてきています。

コンピテンシーを、最大限に発揮させるモチベーションとは、自らを突き動かす動機を人間の本質として備えているかどうかです。自らの持っている力を、単なる頭だけの「脳力」ではなく、「能力」という形で発揮し、しかも成果を出し続けることのできる人間は、自らをモチベートさせる力を備えた人です。

トップになる人は、だからトップになれるのだと私は思います。先日、日産自動車のカルロス・ゴーンCEOがテレビに出演した際のコメントでも、「自らをモチベートさせる」重要性を語っておりましたが、社員がやる気を出す源泉というには案外そういったところに秘訣があるような気がしてなりません。日産自動車の大きな変革は彼の指導性ももちろんですが、それ以上に彼自身のセルフモチベーションの高さに負うところが大きいのではないかと思います。

世の中に完璧な人がいないように、完璧な採用はありません。だからこそ教育が必要であり、人を育てることの面白さがあるのではないでしょうか?採用にしても教育にしてもいろいろなツールやノウハウがあふれていますが、最終的に人を採る、人を育てるのはトップの意識に大きく左右されます。

5回シリーズで連載してまいりましたこの「人を育てる、活かす」ではそういったトップや経営者の意識、考え方のヒントの一助にでもなれば幸いです。
また、どこかでお目にかかれますことを。


清水 薫(ビードライブ株式会社 代表)